『内経』の書名に冠している「黄帝」は、古きを尊んで伝説の帝王に託したもので、漢代の流行でした。『内経』の「経」という字は、元々織物の縦糸という意味でしたが、そこから意味が派生して常なる道、すなわち法則や原則という意味が生まれ、書籍の中では模範、手本という意味で使われます。したがって、医学書の手本という意味が込められています。
「内」という字は「外」に対しての意味です。上記のように、『漢書・芸文志』にはいろいろな内経や外経があり、内・外というのは、内容が多かったので半分に分けた、つまり今でいう上巻・下巻のようなものであろうと考えられています。
『素問』の書名に関しては、見解は一致していませんが、比較的支持されているのは「平素問答」、すなわち、ふだんの黄帝と岐伯らの問答を記録したものという説です。もう一つは「素」を「太素」とする説で、「太素」とは昔の宇宙形成の考え方の一部で、宇宙は無形から有形が生まれ、各段階を太易(気も感じ取ることができない)、太初(気の始め)、太始(形の始め)、太素(質の始め)と名付けました。気形質がそろい、はじめて病気も生まれるので、黄帝がこの「太素」を問うているのだと考えました。『素問』はまさに天地宇宙のマクロの視点から、精気学説や陰陽五行学説を用いて、天と人の関係や人の生命活動の法則、疾病の発生・発展の過程を解釈しており、根本を問うという意味にふさわしいと考えられます。
『霊枢』の書名にも多くの見解がありますが、「霊枢」という名前は唐・王冰が付けたことがわかっており、王冰は道教に傾倒していたことから、道教の経典である『道蔵』の中の「玉枢」、「神枢」、「霊軸」といった名称を参考にして付けたという説が支持されています。